2026年02月12日

読書記録 川端康成『伊豆踊子』

昭和二十五年八月二十日 発行
昭和六十年一月三十日 九十八刷
昭和六十三年八月二十五日 百七刷
新潮社 新潮文庫 178ページ
定価220円

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解説は、竹西寛子、三島由紀夫。

川端康成の小説を、たぶん初めて読みました。

「伊豆の踊子」「温泉宿」「抒情歌」「禽獣」の四篇。

「伊豆の踊子」
情景描写はいいと思いましたが、なんだかよくわかりませんでした。

「温泉宿」
この本は、本好きの子なら中学生くらいで、あるいは小学生でも読む子がいるかもしれない。もし私が小中学生の時にこれを読んだら、何が何だかわからなかったと思います。

「抒情歌」
かつて自分を捨てた、今は死者となった恋人に語りかけています。「温泉宿」に登場する女性たちとはまったく違う暮らしぶりの女性です。少し精神世界系なのが面白いと思いました。

 
 昔の聖者達にいたしましても、近頃の心霊学者達にいたしましても、人間の霊魂のことを考えました人達は、たいてい人間の魂ばかりを尊んで、ほかの動物や植物をさげすんでおります。人間は何千年もかかって、人間と自然界の万物とをいろいろな意味で区別しようとする方へばかり、盲滅法に歩いて来たのであります。
 そのひとりよがりの空しい歩みが、今になって人間の魂をこんなに寂しくしたのではありませんでしょうか。
 いつかまた人間は、もと来たこの道を逆にひきかえして行くようになるかもしれないのであります。


私も、人間と人間以外の動物や植物の間には、何の違いもないと思っています。その点で、この小説の語り手の考えには同意します。

「禽獣」
主人公は小鳥や犬を飼っているけれども、動物たちを本当に大事にしているかは疑わしい。

全体として、なんだかよくわからないという印象の本でした。自分の読解力のなさが情けない……。

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ラベル:読書記録
posted by ごー at 05:47| Comment(0) | 読書記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月30日

父の誕生日に

先日、父の誕生日だったので墓参りに行きました。花をいけて、お供えの甘酒を置いて、線香を焚いて、そして墓の前で、「うまれてきたくなかった」と泣きながら愚痴ってしまいました。

2011年から、私はずっと悪い夢を見ているようで、楽しいこともあったけれどすべてに実感がなく、時間が止まってしまったようで、2020年以降はさらに悪く、去年はもっと悪く、今後いいことがあるようには思われず、たぶん私は一人で取り残されることになり、どうしたらいいのかさっぱりわかりません。

本当にうまれてきたくなかった。他の人たちはなぜ前向きに生きていられるのか。少子化だから子供を増やさなければいけないと説いている人たちは、うまれてきたくなかったなんて一度も思ったことがないのでしょう。そして死を恐れることもないのでしょう。私に何かのはずみで子供がいたとしたら、うまれてきたくなかったなんて思ったとしても口にはできなかったでしょうけど、子供はいないので墓前で愚痴るというわけです。

うまれてしまった以上は死にたくないのです。誰にも死んでほしくないのです。(凶悪殺人犯、極悪詐欺師は死んでいいと思うけど。ああいう人たちはうまれるべきではなかったと思う。)

人間以外の生き物は、自分がいずれ死ぬ存在であることを知っているのか、知らないのか。他の生き物たちが死について知らないのだとしたら、私は他の生き物たちがうらやましいです。でも、私はやはり何にもうまれてきたくはなかった。

哺乳類の肉を食べるのはやめたけれど、鶏、魚は食べてしまう。うまれてきたくなかったと言いながら、自分の生命を維持するために、自分の快楽のために、他の生き物を食べている自分は、とても醜いと思います。

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ラベル:反省
posted by ごー at 23:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月28日

読書記録 山中 恒 作 赤星亮衛 絵『ふしぎなあの子』

一九七五年三月三一日第一刷発行
一九七九年四月二〇日第七刷発行
小峰書店 150ページ
定価980円

小学三年生の久保田クニオのクラスに「持田モモ子」という名の転校生がやってきます。転校初日から教室の天井裏を走り回るという不思議な子。同級生たちから「かいじゅう、モコモン」というあだ名をつけられたモモ子には、他の誰にもない特殊な能力があったのでした。






表紙の絵は……。

お正月にモコモンは祖母と一緒に、父のいる田舎に行くことになったのですが、モコモンはそれがいやでたまりません。そのことを知った担任の春川先生は、モコモンを正月休みの間預かることにします。

元日に先生が小さかった頃の着物を着せてもらって、ご機嫌なモコモン。同級生に着物姿を見てもらおうと出かけた先で、同級生たちと羽根つきをします。そして、羽根つきの羽根が隣の家の庭に入ってしまいました。

羽根を拾おうと、塀を乗り越えていったモコモン。そのモコモンを隣家のグレートデンが襲います。

先生の着物をぼろぼろにされてしまったモコモン。隣家の人たちが家の中から出てきます。モコモンはその家の人たちにおふろに入れてもらっただけでなく、その家のお嬢さんの着物を着せてもらったのでした。

そして隣家の門を出たところで、自動車に乗った二人組の男に誘拐されてしまいます。その家のお嬢さんだと勘違いされたのでした。表紙の絵は、誘拐されたモコモンがカラスたちに助けを求め、それに応じてカラスたちが集まってきたところなのです。

簡単に説明するつもりが、長くなってしまいました……。

学年に一人、いやクラスに一人は、こんな子がいたような気がするなあと懐かしく思い出しました。

最近の子供は、お正月に着物を着せてもらったり、羽根つきや凧揚げをやったりするのでしょうか。私は昭和の時代に小学生だったので、着物を着せてもらい、羽根つきも凧揚げもやったものです。その頃凧揚げをしていた広場には、今では住宅が建ち並んでいます。紙でできた和風の凧の他に、ビニールでできた「ゲイラカイト」というのも流行しました。紙の凧よりもよく飛ぶような気がしていました。

あの頃の私は、今日は昨日よりもよく、明日は今日よりもよいのだと、無邪気に信じていました。それは私が子供だったからでしょうか。それとも日本がそんな雰囲気に包まれていたのでしょうか。

今では、明日は今日よりも悪いに違いないという気持ちにしかなりません。これは、私の世界が終わりつつあるからでしょうか。せめて気持ちだけでも、子供の頃に戻りたいものです。

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ラベル:読書記録 懐古
posted by ごー at 17:55| Comment(0) | 読書記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする