私は海のないところで育った。大人になってから三年ほど海辺の町に住んだけど、海に対して「なつかしい」という思いはあまりない。海は私にとって、とても珍しいものだから。では、私は「生まれて来なければよかった」という気持ちになった時、どこへ行けばいいのかな?
昔、死んでしまいたいという気持ちには何度もなった。たとえば、猫が死んだ時。仕事に行くのがつらかった時。「死んでしまいたい」とは思ったけれど、それは猫が元気だったら死にたくない、仕事場が楽しかったら死にたくないという気持ちだった。自分の存在をなくしたいわけではなく、状況を改善したいのにその方法がわからないから、「死にたい」と思ったのだった。
それからも「死にたい」という気持ちは時々現れた。十数年前、また現れてしまった「死にたい」という気持ちをつくづく眺めてみたら、それは若い頃の「死にたい」とは違って、「生まれてきたくなかった」というものだった。「死にたい」というわけではなくて、自分の存在を最初からなかったことにしたい。
自分のいない世界を思い浮かべる。幸い私には深い付き合いの人は少なく、私の存在・不在が影響しそうなのは親族くらいか。私がいない世界の両親は、結構幸せそうだ。私がいない世界で、夫はもっと明るくて気の利く健康な人と結婚して、子供が三人くらいいて、面倒なこともあるけど賑やかで楽しい暮らしをしている。姑も楽しそうだ。それは私の理想の世界。
理想の世界がわかっているのなら、それに向けて努力をすればいいのだが、それは嫌だ。その世界にいるのは決して「私」であってはならない。なぜそんなふうに思ってしまうのだろう。
「私のいない世界」を実現させるためには、時間旅行機に乗って、両親の新婚旅行を邪魔しにいくしかない。でも、私は時間旅行機を作れないから、誰かが作るのを待つしかない。私はどこまでも怠け者で無責任だ。やっぱり、うまれてきたくなかったなあ。
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間もなく、エゼキエル書38章に書かれている通り、ロシア・トルコ・イラン・スーダン・リビアが、イスラエルを攻撃します。そして、マタイの福音書24章に書かれている通り、世界中からクリスチャンが消えます。その前に、キリストに悔い改めて下さい。ヨハネの黙示録6章から19章を読めば分かりますが、携挙に取り残された後の7年間の患難時代は、苦痛と迫害の時代です。患難時代を経験しなくても良いように、携挙が起きる前に救われてください。
「Innocent Desire」という名前のゲームソングがあるのですが、その曲の中に『運命ゲームオーバー。生まれたときから詰んでる?ギブアップ?それでいいの?』という歌詞があります。
あなたが自分の誕生を呪うのをやめてくれる事を願っています。一言だけでいいです。ただ一言、イエス様に『助けて』と祈ってくださいませ。
ご助言ありがとうございます。聖書はイザヤ書65章の最後のところが好きです。ああいうところで暮らしたいものです。