集英社
母と子の名作童話41
162ページ 1973
この本は、監修が「川端康成、坪田譲治、浜田廣介」となっています。50年前には19世紀生まれの人々が活動していたのだと思うと、遠くに思われていた19世紀もそんなに昔のことではないのだと感じられてきます。いや、それは私が50年前に既にこの世に存在していたからであって、若い人たちにとって19世紀は遠い昔なのでしょう。
家が貧乏(親が怠けているわけではなく、従事していた炭鉱の仕事がなくなってしまったのです)なため、コリー犬のラッシーはお金持ちの家に買われていきました。そして、品評会に出すため連れていかれたスコットランドから、ラッシーが脱走してもとの飼い主の家まで向かうというお話です。というわけで「忠犬ラッシー」とも言えます。
『名犬ラッシー』は映画やテレビドラマにもなったようです。昭和の頃はよくコリー犬を見かけました。『名犬ラッシー』の影響だと思われます。最近はコリー犬を見かけていません。日本の夏は毛がふさふさしているコリー犬にはつらすぎるでしょう。
ラッシーを買ったラドリングこうしゃくは、金にものを言わせるいやな人なのかなと思いきや、主人公の父親が変装させたラッシーを見て、「このいぬは わしのいぬではない。」と言うし、主人公の父親に犬の世話係という仕事(住居つき)を与えるのです
ラッシーと うでの いい いぬがかりを りょうほうとも まんまと、自分の ものに したのでした。
と書かれていますが、他人を幸せにして自分も得をするのならば、こんなにいいことはありません。ラドリングこうしゃくは実はいい人なのだと思います。人のことは一面だけ見ていたのでは何もわからないものなのだなと思いました。
いずれにせよ、動物たちは人間の欲にふりまわされ、いつも苦労させられているのでした。
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