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この本の中にはたくさんの話題があって、一言でまとめるのは難しい。
そもそも、世間とのズレを感じたことのない人はいないんじゃないかな?とも思うのです。そして、私から見るとお二人はそんなにズレてはいないように思えてしまうのです。
伊集院氏がこう言っています。
僕には子どものころに「世間とのズレ」を恐れるようになったはっきりした理由があって、それは体が突出してでかいことです。(中略)単純に見た目が変わっていることは相当きついですね。
ああ、これか!と私は思いました。私も世間からズレまくっている。お二人はズレているかもしれないけれど、世間でうまくやっているように見える。しかし私はズレているうえに、世間でうまくやっていくことができない。それは自分の見た目が変わっていたからなのかな、少なくとも自分ではそう思っていたからなのかなと、この言葉によって気づかされました。
幼少期の私は、腕の毛がふさふさしていました。両親も親戚の人たちも近所の子たちも腕毛はあまりなく、どうして私の腕だけこんななのかなと思うことはありましたが、さほど気にしてはいませんでした。しかし四歳の時、家の近所の保育園に通うことになり、そこで大勢の同年代の子たちを見てみると、みんな腕がつるつるしていて私のように腕毛がふさふさしている子はいないことに気づきました。「えっ、なんで? どうして私だけ腕の毛がふさふさなの?」今思うとたいしたことではないのに、当時は「どうして自分だけこうなんだろう」と毎日悩んでいました。半袖の服を着る夏が大嫌いでした。
毛深いことでからかわれたりいじめられたりしたことはなかったと思います。自分一人で勝手に悩んでいただけなのです。しかしそのせいで、人前に出たりしゃべったりできない子供になっていきました……。そしてその名残りは今もあり、一人で勝手に苦しんでいるわけです。年とったら腕毛はほとんどなくなってしまったのですけど。
タイムマシンがあったら、保育園児の私に、毛深いなんてどうってことない、猫や犬は毛深いけれどかわいいでしょう、それに年とれば毛は薄くなる、と言ってあげたいです。
おっと、自分のことばかり書いてしまいました。
この本全体としては、養老先生のお話は、私にとっては時々難しく感じられました。私の頭が足りないのだと思います。伊集院さんのお話はわかりやすかったです。話すことをお仕事とされているからでしょうか、あるいは伊集院さんと私が同年代だからでしょうか?
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